江戸幕府が外国艦船・黒船の攻撃から江戸をまもるために作った台場の1つ。現在では、台場公園とも呼ばれる。
幕府が鎖国令を発して以来200余年海外への門戸を閉ざしてきたが、寛永6(1853)年6月3日アメリカ大統領の国書をもって東インド洋艦隊の司令長官ペリー提督率いる黒船4隻が浦賀沖に姿を見せた。幕府は緊急防御対策としてお台場を設けるべく11の台場の築造を予定したが、造られたのは品川沖に6つ。結果的には使うことなく放置された。
今では第三台場は公園として開放され、憩いの場となっている。
砲台の台座のレプリカだけが当時の面影として残されており、周囲を芝生に囲まれた開放的な心地よい空間になっています。
第三台場 (だいさんだいば)
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